ノウハウ 脱ハンコに積極的に取り組む行政5つ!早期着手が実を結ぶ
更新日:2024年10月31日
投稿日:2021年08月20日
脱ハンコに積極的に取り組む行政5つ!早期着手が実を結ぶ
近年のテレワーク普及に伴い、急速に進められているものの一つが脱ハンコ化です。企業においても重要な課題のひとつですが、行政ではどのようにして脱ハンコ化に取り組んでいるのでしょうか。ここでは、実際に脱ハンコ化に成功した行政の事例をもとに、脱ハンコ化に必要な取り組みを詳しくご紹介します。
急に進んだ感じがある?行政の脱ハンコ化の背景
「脱ハンコ化」とは、ハンコの押印を不要とする取り組みのことを指します。脱ハンコ化は、2020年3月、新型コロナウイルスによってテレワークが急速に広まった影響により、注目されるようになりました。ほとんどの業務がテレワークでできるのにも関わらず、ハンコを押すためだけに出社しなければならない「ハンコ出社」が物議を醸したためです。
行政において脱ハンコ化が急速に進められるようになったのは、2020年9月に菅内閣が発足してからです。菅内閣では、「行政のデジタル化」を政府指針のひとつとしており、デジタル化の一環として、脱ハンコ化も挙げられていました。同じく2020年9月には、河野行政改革担当大臣が業務における原則的なハンコの不使用を要請、10月には上川法務大臣が、婚姻届・離婚届における押印の撤廃を検討中だと発表したことなどが話題を呼びました。
そして、11月には、河野大臣より認印の全廃が発表されました。この認印全廃により、約15,000の行政手続きにおいて、ほぼすべてが認印なしで申請を行えるようになりました。ただし、ここでいう認印全廃とは、ハンコが廃止された訳ではありません。あくまでも、形式上使われている認印を押す必要がなくなったということを示します。
認印全廃の認印とは?
そもそも印鑑には、実印と認印があります。実印は、役所に印鑑登録をしている印鑑のことを指します。法的な効力を持っており、公的な書類や会社での重要な契約を結ぶ際に使用します。一方認印とは、印鑑登録をしていない印鑑のことを指し、宅配便などの受け取りの際に使用します。
認印は、誰でも簡単に購入できることから複製も簡単で、法的効力はほとんどありません。それでも契約や行政手続きにおいて認印が求められていたのは、日本社会の印鑑文化がそれだけ根強く、慣習的にあった方がよいとされていたためです。そこで今回、政府では行政手続きにおける形式上のやり取りに過ぎない認印の撤廃を行いました。
ただし、実印が必要な手続きにおいては、今後も押印が必須とされています。例えば、不動産登記をはじめとした登記手続きです。実印は印鑑登録をしていることから、本人であることの証明能力が高いと考えられており、これまで通り契約において印鑑がなければ法的効力が発生しません。実印の有用性がなくなった訳ではないため、注意しましょう。
脱ハンコに成功した行政5つ
日本において、押印は公然の習慣として浸透しています。各種手続きにおいて印鑑を押さずに済むようになることは、便利になる一方で、なかなか相手に理解してもらえないなどのデメリットも考えられます。では、行政ではどのようにして脱ハンコ化を進めたのでしょうか? ここでは5つの代表的な脱ハンコ化の事例をご紹介します。
脱ハンコの先陣を切った福岡市 約3800種類の申請書で押印不要化
2020年9月、福岡市は「市が単独で見直し可能な申請書について、市役所での手続きに押印不要」という旨の発表をしました。押印がいらない申請書は、発表当時で約3,800種類(2020年10月に約3,900種へと更新)あり、これは市に提出される申請書のうち、8割に相当します。
この押印不要化により、さまざまな手続きにおいて市民・職員ともに負担が大きく軽減され、脱ハンコ化の有用性を証明することとなりました。そのため本事例は、「自治体の脱ハンコ化におけるモデルケース」としてたびたび名前が挙がります。それでは、自治体の脱ハンコのモデルケースたる福岡市が、脱ハンコ化を進めるにあたってどのような取り組みを実施したのかをみていきましょう。
福岡市では、2019年1月から、脱ハンコ化に向けて押印の見直しをスタートさせました。脱ハンコ化に向けて、以下の4ステップで取り組みを行ったそうです。
1.押印廃止の基準作成
2.総務課からの声がけ
3.押印に関する特例規定を制定
4.進捗確認
はじめに福岡市では、実印が必要なもの、法的根拠があるもの、国・県などの第三者が関わるものを除いた申請書について、押印を廃止するという基準を作成し、マニュアル化しました。ただ押印を廃止するだけでなく、署名もしくは署名・捺印とすることで申請者が選べるようにし、またゴム印での記名と捺印を組み合わせることを許可するなど、柔軟な対応を取り入れました。
続いて、総務課から各部署へ声がけを行うことで、脱ハンコ化の取り組みについて職員に周知を行いました。基本的には、総務課から判断の基準となるものを示し、実際のハンコ見直しにおける判断は各部署が行えるようにしたそうです。また、部局長以上の会議で声をかけ、各部署へ仕事を棚卸しするという仕組みを作っていました。
第3ステップとして、福岡市では押印に関する特例規則を制定しています。この特定規則は、すでに定められている申請書の書式について、一括で押印不要とするために制定されました。
最後に、全部署に対して6ヶ月に一度進捗確認をし、状況を公表することで、脱ハンコ化を進めていったそうです。
福岡市によると、脱ハンコ化にあたって、2つの課題があったといいます。そのうちのひとつは、市役所職員の「書類には押印が当然必要だ」という意識です。「押印なしで(本人確認や承認の有無が)大丈夫なのか」「現在、問題が起きていないのに印鑑文化を見直す必要があるのか」という、脱ハンコ化の是非を問う声も寄せられたそうです。これに対し福岡市は、押印の必要性をゼロベースで問い直すことから始めました。実印が必要な申請書は別として、これまでの申請書に押印がどれほど必要だったかという問い直しです。どこでも購入できる認印は、本人確認に本当に必要なものではないとして、職員の意識改革を促し、脱ハンコ化を成功させました。
もうひとつの課題は、申請書の様式を定めている規則です。要綱や要領で定められているものであれば、部署の裁量で変更できますが、規則で定められているものは法制部門の審査を受けなければならないなど、簡単に変更はできません。そこで、規則で様式が定められている申請書について、特例規定を制定することで、一括で押印廃止を行いました。
福岡市によると、脱ハンコ化によって、印鑑がなく申請書の受理ができないというケースが減ったり、電子化によって業務効率が上がったりと、さまざまなメリットがあったそうです。
(参照元:市へ提出される申請書等への押印の見直しについて)
2014年から脱ハンコの取り組みを開始していた 千葉市
2014年2月、千葉市は「申請書等の押印見直し指針」を策定しました。この見直し以前、千葉市は約3,000種類の手続きにおいて、市民に押印を求めていました。しかし、本見直しによって法的根拠がある手続きなどを除いた約2,000種類の手続きについて、押印が不要になりました。
2014年という早い段階から動いていた千葉市は、具体的にどのような取り組みを実施したのでしょうか? 重要な2つの変更をご紹介します。
ひとつは、押印欄の見直しです。これまで署名とともに押印欄を設けていたため、捺印が必須だと誤解される傾向があるとし、印鑑を押すマークを申請書の様式から削除しました。
もうひとつは、申請書レイアウトの標準化です。押印欄の見直しだけでなく申請書全体について、レイアウトを統一するようガイドラインを設けました。この結果、申請がより簡単になるなどのメリットが生まれています。
(参照元:申請書等の押印見直しについて)
押印が必要な手続きの98%で脱ハンコ 岡山県
2020年12月、岡山県は「岡山県規則で定める申請書等の押印の義務付けの廃止に関する規則」を策定しました。これにより、印鑑証明書の添付が必要な書類は除き、押印が必要な手続きの98%にあたる約3400種について、押印が廃止されました。ただし、廃止したのは押印の義務付けであり、ハンコの有効性は担保されるとしています。
岡山県は、脱ハンコ化への取り組みについて2つの目的を挙げています。県民の負担軽減および職員の働き方改革です。押印が不要になることにより、申請者が申請しやすくなるのはもちろん、それをチェックし受理する職員も業務がより簡単になります。また、オンライン申請も実施しており、さらなる負担軽減が見込めます。
岡山県では、先に説明した福岡市と同様、「岡山県規則で定める申請書等の押印の義務付けの廃止に関する規則」において、規則内で定められている申請書について、一律で押印の義務付けを廃止するという内容を盛り込んでいます。これにより、スムーズに押印廃止が進められたといっても過言ではないでしょう。
(参照元:岡山県へ提出する申請書等への押印の義務付けを廃止します。)
ハンコレス・ペーパーレス・キャッシュレスの3つのレスで取り組む 大阪府
2021年4月、大阪府は「大阪府規則で定める申請等の押印等に係る規定の暫定措置に関する規則」を策定しました。これにより押印や署名の義務が廃止され、脱ハンコ化への足掛かりとなりました。
そもそも大阪府では、「大阪スマートシティ戦略」を掲げており、ハンコレス、ペーパーレス、キャッシュレスの3つのレス改革を推進しています。そこで、2020年から2021年にかけてハンコレスのための取り組みを実施し、法令等の制約のない申請書(約2,000件)について、認印の押印義務を撤廃しました。
大阪府の取り組みの特徴として、脱ハンコ化に向けた政策をこまめに報告していることが挙げられます。2020年度末には府の裁量で見直しできる範囲の認印の撤廃をしたこと、2021年3月には現在の取り組み状況などを公表しています。また今後も、国の法令で制約がある申請書についても認印の見直しを検討する、実印を求める申請書について添付書類や電子認証による代替方法を検討する、などとしています
(参照元:はんこレスの取組について)
印鑑多用の代表格は学校 オンライン化と並行して進める脱ハンコ 戸田市
印鑑が多く使用される場所のひとつに、学校があります。その学校における脱ハンコの取り組みを行っているのが、埼玉県戸田市です。戸田市では、2021年4月から奨学生における身上移動届・奨学金給付に関する申請書など、学校に関連する書類について脱ハンコ化を進めています。
また、脱ハンコ化による効率化と同時に、学校のオンライン化も積極的に進めています。2016年に市内の全小中学校にタブレット端末を導入、全教室にWi-Fiを完備、2017年から「学校だより」をデジタル化、2021年から公立小学校におけるインターネット上の欠席連絡に対応しています。また、クラウド型プリント教材も導入しており、各個人に合った補習授業を行うことで、学力が向上したそうです。
(参照元:戸田市教育委員会定例会)
印鑑文化のない海外では個人をどのように証明している?
日本では当たり前の印鑑ですが、なぜか海外では印鑑を押す文化はありません。それでは、どのようにして海外では個人の証明をしているのでしょうか? 最後に日本と海外の個人証明の違いについてご紹介します。
印鑑文化を持つ日本
もともと印鑑は中国から日本へ伝わりました。しかし、いつからか中国では使用されなくなり、現在は印鑑文化は存在しないため、日本のみの文化として存在しています。
中国だけでなく、アメリカやヨーロッパにおいても、印鑑を押す習慣はありません。その理由には諸説ありますが、印鑑のように「物体を押し付けて記録する」という概念が存在しなかったことが要因として挙げられます。そのため、海外との取引について印鑑を使用する機会はほとんどありません。
印鑑の代わりに個人を証明する方法
基本的に海外では、サインだけで契約を済ませます。海外では、筆跡は人によって異なるため、偽造がしづらいと考えられているからです。重要な契約の場合には、さらに証明力を高めるために「ノータリー・リパブリック」という制度を利用することもあります。これは、第三者の公証人に立ち会ってもらい、本人確認ができたことを示すスタンプを押してもらうことで、本人を証明する制度です。
これらに加え、近年では電子契約化も進んでいます。電子契約では、手書きのサインのように偽造されるおそれも少なく、安全性の高い方法で契約を結べます。
日本においても、例えば前述の埼玉県戸田市では、埼玉県新座市・民間企業とともに連携し、電子契約サービスを活用した実証実験を開始しています。印鑑やサインといった従来の認証方法から、電子契約の利用へ移行するケースは今後も増加していくとみられています。
まとめ
脱ハンコ化は、職員やその地域に住む人々の利便性を向上するために、行政において積極的に取り入れられています。早い地域では2014年頃から取り組みを実施しており、早期に着手するほど、脱ハンコ化による恩恵を多く受けているといえます。今回紹介した福岡市や千葉市などの事例を参考に、脱ハンコ化に向けての取り組みを今一度検討してみてはいかがでしょうか。