ノウハウ 【第1回】契約ライフサイクル管理の観点で考える「契約管理」の正解
更新日:2024年10月17日
投稿日:2020年06月1日
【第1回】契約ライフサイクル管理の観点で考える「契約管理」の正解
※本記事は朝日インタラクティブの運営するWebメディア/サービスTechRepublic Japan(テックリパブリック、テクリパ)に、2020年1月20日に掲載された、弊社の酒井(さかい)、須貝(すがい)による寄稿原稿を一部修正して転載しています(運営元の朝日インタラクティブより承諾を得て掲載しています)。
企業が売り上げを伸ばしたり、ヒト、モノ、カネ、情報といったリソースを得たりするには、従業員や社員、取引先、提携先…など色々な人と取引する必要があります。そして、それら全ては「契約」で成り立っています。
「契約」というと、連想されるのは「契約書」という“物”でしょう。たしかにそれも正しいです。しかし、本質的に言うと、契約には3つの要素が存在します。
今回は、契約の本質的な要素として契約ライフサイクル、関連契約、関連業務の存在があるということと、日本企業が契約まわりの業務で抱える課題について整理します。
「契約マネジメント(契約管理)」とは
契約マネジメント(契約管理)とは、「“契約”は、契約を締結するその瞬間だけではなく、契約の検討開始〜交渉〜締結〜権利の確保と義務の履行まで、全てつながっており、企業の様々な部署・担当者が連携しなければ“契約”を実現できない。」という概念のもと、契約全体をプロジェクトとして管理・マネジメントするという考え方、それを実現するためのサービスのことです。
契約マネジメントは様々な要素から構成されますが、主なものとしては以下の3つの要素があります。
契約ライフサイクル管理
リーガルプロジェクトマネジメント
先述したように、契約はどこか一場面を切り取っただけでは管理しきれません。
契約内容を検討し、交渉、締結するまでのスケジュール、結ぼうとする契約に潜む法的リスクの度合い、契約交渉にあたる部署や担当者と法務部をはじめとしたバックオフィスとのコミュニケーション、契約にかかるコストの管理、契約を結ぶために必要な業務フロー、契約締結後に必要な権利確保や義務履行のタスク管理、ライフサイクルに応じて発生する業務など、ひとつの契約をとってみても、管理しなければならない要素は多岐にわたります。
さらに、一つの目的を達成するために複数の契約が絡み合う事例は多いです。
こうした特質を備える契約を一つの「プロジェクト」として捉え、管理をしていく考え方がリーガルプロジェクトマネジメントです。
リーガルプロジェクトマネジメントを実践することで、ある契約がどのフェーズ(検討、交渉、締結前、締結後など)にあるのか、他にあるどんな契約と関係性があるのか、業務を担当している部署や担当者は誰なのか、結ぼうとする契約が企業に与える法的リスクがどこに潜んでいるのか、契約遂行のために必要な業務にはどんなものがあるのか、確実に権利を確保し義務を履行するにはどうすれば良いのかといった、契約にまつわる様々な要素を横断的に管理できるようになります。
ナレッジマネジメント
次は、属人化という側面にフォーカスします。
ある時期に特定の種類の契約交渉・締結・管理などの業務を担当していたAさんが外れ、別のBさんに代わったとします。新たに配属されたBさんは、Aさんと同じクオリティで仕事ができるでしょうか?
契約業務を行っていく中で溜まっていく経験や知識は、全てAさんの頭の中にあるだけで、他人には共有されません。Bさんは、Aさんが行っていた仕事の具体的な内容を知る術がなく、Aさんと同じクオリティの仕事をこなせるようになるまで時間がかかるでしょう。
このような問題を解決しようとするのがナレッジマネジメントです。属人的に溜まっていたナレッジを外に吐き出す仕組みを作って共有し、誰でも簡単にアクセスできるようにします。退職や異動などによる担当者の変更があっても、引き継ぎのコストをかけることなくスムーズに同じクオリティの成果を出せるようになります。
これにより、担当者の能力に依存していた業務を個人から解放し、企業の資産として活用できるようになります。
▶ナレッジマネジメントとは?基礎知識や事例などわかりやすく解説
部署横断で発生する契約まわりの課題
では、「契約」がこれらの本質的な要素を備えていると考えたときに、日本企業は契約まわりのどのような課題を抱えているのでしょうか。
もちろん、抱える課題は企業によって様々ですが、大別すると3つに分けることができます。
1.部署間の連携が取りにくい
企業には様々な部署が存在します。
大きな企業ほど組織管理の体制は縦割りになりがちで、部署間でのやり取りが円滑にいかないことがあります。その結果、他部署の担当者が現在どの業務に取り組んでいるのか把握しづらい、という問題が生じることもあります。
部署同士の問題はさらに以下の3つに細分化できます。
Ⅰ.一回のやり取りに時間がかかる
一つ目は、部署間でコミュニケーションが発生すると、一回のやり取りに時間がかかることです。
例えば、事業担当から法務宛に相談やレビュー依頼がある場合、依頼内容について提供してもらえる情報が不十分であったり、追加の情報を要求しなければならないことがあります。その際、担当者が手が離せない、メールの返信が遅いなど、様々な要因によってやり取りに時間がかかってしまうことがあります。
Ⅱ.契約や取引の「経緯」が見えない
二つ目は、契約や取引の「経緯」が見えないということです。
例えば、契約書ドラフトをレビューするとき、法務としては、ある条文についてどのような条件交渉があったのか、何を意図して条文を修正しているのか、などの「経緯」がないとレビューをすることができません。
情報が不足したままレビューが行われると、後に取引で問題が生じたときに、契約書でチェックしておくべき条項のチェックが漏れているために、リスクを負う危険性が高まります。
このような情報は往々にしてバラバラに散らばっており、事業担当者に確認を求めたり、メール等のやり取りの履歴をひとつひとつさかのぼっていったりする必要があります。
Ⅲ.誰も契約の全体像を把握していない
三つ目は、契約の全体像を誰も把握していないということです。契約には期限更新や終了、関連する契約や業務があり、非常に複雑化しています。
したがって、その全体像を把握するのは非常に困難であり、権利や義務の抜け漏れが生じるリスクが高まります。
2.契約書の管理が不充分
企業によって契約書の管理方法は様々です。
しっかり管理体制を整えている企業もある一方で、契約書はExcelなどの台帳に管理番号を記入し、原本をキャビネットや倉庫で保管しているという企業もあります。
管理体制が不充分だと、契約更新の期限を逃してしまったり、更新や内容変更のときになかなか原本を見つけ出せず、業務に滞りが生じてしまったりします。
それによって、企業の貴重なリソースを無駄な時間に割くことにもつながります。
3.業務が属人化してしまう
特定の業務を担当するのは、通常特定の個人が行います。その結果、その業務に関する知識や経験は、その担当者に集中して蓄積されていきます。一方で、若手や他の社員にはそのような知識や経験を得る機会が限られるため、彼らが成長し、活躍するのが難しくなることがあります。
これにより、契約に関連する業務は特定の個人に依存しやすくなり、その人が退職してしまうと分からなくなってしまう「属人化」の問題が生じることがあります。
契約全体の管理をするという考え方、それが「契約マネジメント」
このように、「契約業務を行わない企業」は存在しないにもかかわらず、契約に関する課題は山積みです。
実は、契約を適切に管理できていないことで企業の売り上げに影響したり、貴重なリソースを失ったりすることにもつながります。
複雑な「契約」の全体を適切に管理することで、企業が事業を滑らかに推進することができる環境を整えていく考え方が「契約マネジメント」です。
次回は、契約マネジメントの中身に迫りながら、日本企業との相性、すでにトレンドが来ているアメリカのリーガルテック市場における契約マネジメントの発展などを見ていきます。
「契約マネジメント(契約管理)」と日本企業の相性
このような要素を備えた契約マネジメントの考え方は、組織の縦割り構造により、契約を俯瞰的に把握している人が少ない日本企業にとっては相性が良いです。
契約マネジメントには、例えば下記のようなメリットがあります。
- 法務相談や契約書レビューをはじめとする部署間のコミュニケーションがスムーズになり、事業スピードを上げることができる
- 誰がどういった契約関連業務を担当しているのか、契約に基づいて業務を遂行する担当者がリスクを引き起こしていないかなど、契約そのものの「見える化」ができる
- 散逸しがちな契約関連の情報や知見を一箇所にまとめることで必要な情報を、必要なときに、必要な人が取得できる
- 権利義務の抜け漏れや不充分なリスク管理体制といった状況を改善して確実な内部統制とリスク管理につなげることができる
リーガルテック先進国アメリカでの動向
アメリカはリーガルテック先進国として有名です。そんな中、様々な形で契約マネジメントサービスを提供するベンダーが増えています。
ある調査によれば、契約ライフサイクルマネジメント(CLM)市場の想定される最大市場規模を200億ドル超と推計しており、近年非常に盛り上がりを見せる市場のひとつであるとされています。
企業の様々な情報を管理する統合基幹業務システム(ERP)は、ヒト・モノ・カネといったリソースを統合的にマネジメントします。しかし、その裏には全て契約が流れています。そこで、契約を主軸にしたマネジメントを採用する企業が増えています。
ユニコーン企業(評価額10億ドル以上・設立10年以内の未上場ベンチャー企業)に躍り出た契約マネジメント企業のIcertisが提供するサービスは、世界の名だたるトップ企業に採用されています。また、アメリカでは契約マネジメントを専門に扱う職種もあり、平均年収は800万円以上と、契約マネジメントにそれ相応のコストをかけているといえます。それほど、契約マネジメントが事業成長のために重要視されているということでしょう。
このように、契約マネジメントという概念は、日本国外ではかなり一般的になってきています。
契約というと一通の契約書を連想したり、法務部だけの業務だと思われたりしがちです。しかし、契約は一部署が動いて終わりではなく、契約に関わる全ての部署が有機的に連関して初めて実現します。
したがって、契約を管理しようとすれば、それはおのずと部署間をまたいだものになります。さらに、ビジネスは無数の契約で成り立っています。だからこそ契約を主軸としたマネジメントが必要で、アメリカでは契約マネジメントが進んでいるのです。
日本でも「契約マネジメント」を導入する契機
日本においても、このような事情は変わりません。日本企業もやはり無数の契約に溢れており、事業形態も複雑化して、より把握しにくくなる中で、契約マネジメント体制の整備が追いついていない部分も多いです。
これからさらに複雑になる経済社会に対応していくには、抜本的な契約管理体制の見直しを図ることが必要です。第2回では、実際の契約業務の課題に照らし合わせ、どのような業務課題を契約管理で解決していくのか方法をご紹介いたします。