ノウハウ 信義誠実の原則とは?現行法の基礎を具体的に解説。
更新日:2024年10月17日
投稿日:2021年12月16日
信義誠実の原則とは?現行法の基礎を具体的に解説。
信義誠実の原則を理解することは、企業の契約業務において、不測のトラブルを避けるために重要です。
今記事では、信義誠実の原則の基本と、実践する上でのポイントを探求していきます。
信義誠実の原則について知りたい方、法律をより深く理解したい方は、ぜひご覧ください。
信義誠実の原則とは
ここでは信義誠実の原則の概要と派生原則を説明します。
まずは、概要について見ていきましょう。
信義誠実の原則とは
民法1条2項には「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない。」と規定されます。
信義誠実とは、社会共同生活の一員として互いに相手の信頼を裏切らないように誠意をもって行動することです。
そして、この原則に反して権利を行使しても、効果は生じません。
また、義務の履行がこの原則に反していた場合は、義務の履行がなかったことになります。
例えば、あなたが知り合いと渋谷で待ち合わせの約束をしたとしましょう。
しかし、知り合いは渋谷のどこで待ち合わせかわからなかったという理由で、当日待ち合わせ場所に来ませんでした。
この場合、あなたは知り合いに対して非常識だという印象を抱くかもしれません。
普通の人であれば、待ち合わせの場所を相手に聞くなどの対応を期待しますよね。そのような対応をしないで、約束をすっぽかした場合、その行動は信義誠実に反するということです。
大豆粕深川渡し事件
このような状況が実際に問題になった判例が、大豆粕深川渡し事件です。
それでは事件の概要を見ていきましょう。
まず、売主と買主の間で大豆粕の売買契約が締結されました。そして、大豆粕の引渡し場所として、売主は深川を指定しました。
引渡し当日、売主は引渡しのための準備なども整えて、買主を待っていましたが、買主は引渡し場所が不明確出会ったことを理由に、引渡し場所に向かいませんでした。
これに対して、買主が契約の解除と損害賠償請求を求めたという事件です。
この事件では、買主の対応として引渡し場所の問い合わせなどが、信義誠実の原則から必要だったのに、それをしていません。
そのため、買主に責任があるとされました。
信義誠実の原則の派生原則
次に派生原則について解説していきます。
信義誠実の原則だけではざっくりしていて不明確な部分もあるので、そこから類型化された原則が4つ出てきました。
それでは一つずつ見ていきましょう。
禁反言の原則
一つ目は禁反言の原則というものです。
これは、自己の行為に矛盾した態度をとることは許されないという原則です。
例えば、不動産売買において、買主が売主に「この不動産の壁を塗りなおしてくれたら買う」と伝えたとします。売主はこの言葉を信じて、壁の塗りなおしをしました。
しかし、買主は「気が変わったから、やはり買わない」と言いました。
この場合、買主は「壁の塗りなおしをしたら買う」と言っていたのに、結局「買わない」と言っており、自分の行為に矛盾しています。
また、売主は買主の「買う」という言葉を信じて、時間とコストをかけて壁の塗りなおしをしているので、相手の信頼裏切った行為といえます。
従って、買主は禁反言の原則に反しているということができます。
クリーンハンズの原則
二つ目がクリーンハンズの原則です。
これは自ら法を尊重するものだけが、法の救済を受け、自ら不法に関与した者には裁判所の救済を与えないという原則です。
例として民法708条を見てみましょう。
第七百八条 不法な原因のために給付をした者は、その給付したものの返還を請求することができない。ただし、不法な原因が受益者についてのみ存したときは、この限りでない。
つまり、不法な原因に基づいて他人に物をあたえた場合は、その物を取り戻したくても法律を使って請求することはできないという意味です。
例えば、賭博で負けた者が、勝った者に対してお金を支払った場合に、負けた者から勝った者に対する返還請求は認められるかを考えてみましょう。
まず、賭博の勝ち負けでお金を払う賭博契約は、公序良俗に反するため無効です。
そして、賭博契約が無効とされたので、負けた人は支払ったお金の返還請求ができるようにも見えます。
しかし、この場面の金銭の給付は、賭博契約という不法なものに基づいて行われています。
そのため、民法708条により、負けた人の金銭の返還請求は認められません。
出典:民法
事情変更の原則
三つ目が事情変更の原則というものです。
これは契約時の社会的事情や契約の基礎のなった事情に、その後、著しい変化があり、契約の内容を維持し強制することが不当となった場合は、それに応じて変更されなければならないという原則です。
例えば、海上運送契約に関し、戦争の勃発によってスエズ運河が封鎖され喜望峰経由の航路しか選択できなくなった場合を考えてみましょう。
この場合、海上運送契約を結んだ時点においては、スエズ運河経由の航路を使うことを前提に、契約を結んでいたはずです。
しかし、戦争の勃発により、契約の基礎となった航路がスエズ運河経由から喜望峰経由に変わりました。
この変化により、運送会社には莫大な時間と費用がかかるようになるはずです。しかも、航路変更の理由は戦争というコントロールできない事象によるものです。
従って、元々の契約内容のままでは、運送会社にとって酷なものとなるため、契約内容の変更が必要になってきます。
権利失効の原則
最後に権利失効の原則です。
これは権利者が信義に反して権利を長い間行使しないでいると、権利の行使が阻止されるという原則です。
長期間権利行使がないと、もはや権利行使はないと信頼するので、突然権利行使することは信義則に反し許されないということです。
信義誠実の原則が具体的に問題になる場面
次に信義誠実の原則が問題になる場面について、みていきましょう。
信義誠実の原則は法律の基本原則であるため、この原則が適用される法律はさまざまです。
行政法
まずは、行政法についてみていきましょう。
信義誠実の原則は行政法関係においても妥当する重要な原則です。 特に行政法関係では、行政活動に対する国民の信頼保護の原則として論じられることが多いです。
行政の措置が信義則・信頼保護原則に違反するとした事例の一つに宜野座村工場誘致事件があります。
これは村長改選により工場建設が不可能になった事件で、従前の同村の企業誘致に応じて進出準備をしていた企業が損害賠償責任を認めた事例です。
この事件において、当該企業は進出準備にかなりの時間やコストをかけます。そのため、進出準備に入る前提として、同村の企業誘致政策が長期間継続することを信頼しているはずです。
このような状況下で、企業誘致政策を中止するのであれば、企業の信頼を裏切り、企業に損害を負わせているという点で、信義則に違反します。
出典:– 35 – 2013 行政法 2013年度行政法レジュメ(4) 2013.5.1 石崎 Ⅲ.行政法の基本原理と一般原則 二
租税法
租税法にも信義誠実の原則が適用されることは変わりません。
しかし、租税法の領域には、信義誠実の原則と抵触する原則があります。
それが租税法律主義というものです。
信義誠実の原則と租税法律主義
まず、租税法律主義とは、租税の賦課・徴収は、必ず国民を代表する議会の決めた法律によらなければならないという原則です。
では、この原則が信義誠実原則とどのように抵触するのでしょうか。具体的な判例を使ってみてみましょう。
代表的な判例に文化学院非課税通知事件があります。
事案は以下の通りです。
文化学院は当時、民事上の法人でした。そして、文化学院は教育のために利用する土地および建物について、東京都某税務事務所長に対し、固定資産税を非課税として欲しい旨の文書を提出しました。
税務事務所長は当該土地と建物を地方税法第348条第2項第9号に該当すると誤認し、それらについて非課税としました。
地方税法第348条第2項第9号とは、学校法人が教育のために利用する土地や建物については、固定資産を免除するという規定です。つまり、税務事務所長は民事上の法人である文化学院を学校法人だと間違えたわけです。
そして、8年後の再調査によって、文化学院が学校法人ではなく、その土地や建物について固定資産税の免除は認められないことがわかりました。
そこで、税務署は文化学院に対し、固定資産を払っていなかった期間も含めて税金の支払いを求めましたが、文化学院はそれに応じなかったため、裁判にも連れ込みました。
この事件において、税務署は一度は「払わなくていい」と言ったのに、後になって「やっぱり払いなさい」と言っているため、禁反言の原則に違反しています。
しかし、仮に禁反言の原則に従って、文化学院の固定資産税の支払いを免除した場合は、他の民事上の法人と不平等が生じますし、法律とは異なる課税をしているため、租税法律主義にも反しています。
ここで、禁反言の原則(信義誠実の原則)と租税法律主義との間に抵触があることがわかったと思います。
結局この事案は、高等裁判所の判決で税務署の主張が認められました。
出典:租税法と信義誠実の原則
国際法
国際法においても信義誠実の原則は適用されるのでしょうか。
結論としては、国際法で信義誠実の原則が明確な法理として発達しているわけではありません。
従来、国際裁判において「禁反言 」という法理が援用されることはありました。近年、この禁反言法理に基づき、国家の行った将来に関する意思の表示が法的拘東力を得ることが認められる、ないし示唆されるに至っています。
例えば、2015年のモーリシャス対英国の チャゴス諸島海洋保護区事件仲裁裁定があります。チャゴス裁定は、英国政府が英国領時代のモーリシャスに対して行い、モーリ シャスの独立後も繰り返し確認した、チャゴス諸島の漁業権、領有権、資源に関わる「約東」に、禁反言の検討を通じて、「法的拘東力 がある」と判示しました。
しかし、禁反言の原則の内容について、各国で認識が一致しているとは言えず、国際法の明確な法理としてはまだ未発達な状態です。
離婚
離婚についても、信義誠実の原則が問題になった判例がありました。
この判例は、その後の裁判にも大きな影響を与えた、大事な判例なので、しっかりみていきましょう。
事件の名前は「踏んだり蹴ったり判決」です。
事案としては、妻以外の女性と同棲関係にある夫からの離婚請求が認められるかという物です。
まず、妻以外の女性と同棲する行為は、いわゆる浮気であり、民法上では「不貞行為」(民法770条)にあたり、離婚原因の一つになります。
しかし、これはあくまで浮気された側からの離婚請求を想定したもので、浮気した側からの離婚請求が認められるかは、また別の問題です。
この事件について最高裁判所は、「もしかかる請求が是認されるならば、妻はまったく俗にいう踏んだり蹴ったりである。法はかくのごとき不徳義勝手気侭を許すものではない」として、夫からの離婚請求を棄却しました。
つまり、浮気をした夫は有責配偶者であり、妻は浮気をされた上に離婚請求までされて、「踏んだり蹴ったり」だという判断です。
ここには浮気をした側から離婚を請求するのは信義誠実の原則に反するという判断も含まれています。
この事件の後、有責配偶者からの離婚請求は認められないという判例法理が成立しました。
しかし、その後判例変更が行われ、以下の要件を満たした場合には、有責配偶者からの離婚請求も認められるようになりました。
①夫婦の別居が、両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及ぶこと
つまり、事実上離婚しているとみなせるほどに別居期間が長いということです。
②夫婦間に未成熟子が存在しないこと
③相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて過酷な状況におかれるなど離婚請求を認容することが著しく社会的正義に反するような特段の事情がないこと
つまり、妻の年収が自分の生活を維持できないほど低い場合や、病気や精神的疾患により、自立して生活することが難しいなどの事情がないことが必要です。
以上の三つの要件を満たした場合には、浮気した夫からでも離婚請求が認められます。
出典:離婚原因
信義誠実の原則と契約
では、信義誠実の原則は実務にどのように影響するのでしょうか。
契約書
まずは、契約書の記載について説明します。
実は、契約書の中で、信義誠実の原則について書く必要はありません。
なぜなら、信義誠実の原則は法律の基本原則であり、契約書に書かれていなくても当然に適用されるからです。
そのため、契約書に記載することよりも、信義誠実の原則に反しないために、何をするべきかを把握することが大切です。
契約交渉段階
それでは、契約を締結する際に、どのような信義誠実の原則があるのか確認しましょう。
契約交渉段階では、信義誠実の原則として、説明責任、情報提供義務が課されることがあります。
基本的に契約締結の際の情報収集は各契約当事者が自分で行うものですが、契約交渉段階では、各当事者は緊密な関係を築いているはずです。
そして、説明責任や情報提供責任を果たさなかった場合、信義誠実の原則違反で不法行為になり、損害賠償請求をされる可能性があります。
出典:信義誠実の原則(信義則)とは?民法上の意味・定義・注意点について解説
まとめ
この記事では信義誠実の原則の基本から、具体例、実務面まで説明しました。
信義誠実の原則は法律の基本であるため、法律に関する仕事をする方には必須の知識になります。
信義誠実の原則をマスターして、法律の理解をより深めましょう。